2010年9月19日日曜日


 昭和40年代に入り、マイカー時代を迎えると佐倉市内の乗用自動車保有台数も急激に増加していきました。ちなみに昭和36年の乗用自動車保有台数は市内で46台、貨物自動車は424台でしたが、昭和46年には乗用自動車4404台、貨物自動車3335台となり、乗用車の台数が貨物自動車を初めて上回ったそうです。

 自動車の交通量が増加していくことに伴い、交通事故も増えてきました。そこで、日本国内に数多くの歩道橋が設置されていきました。写真の上志津歩道橋が設置されたのも昭和46年のことでした。

しかし、これもまた時代の趨勢でしょうか、平成年代に入ってからは、少子高齢化により利用者の減少した歩道橋が国内各地で撤去されているというニュースを聞きました。そして、上志津の歩道橋も老朽化と利用者の減少という理由で、地元の自治会からの要望もあり、国道296号の歩道整備工事に併せて、平成20年5月に撤去されました。
 歩道橋の上からは、佐倉市役所志津出張所の先にOKストアの建物が見えました。OKストアは、以前はイトーヨーカドー志津店でしたが、平成9年5月に閉店しました。

 なお、国道296号が県道から国道に昇格したのは、昭和35年3月のことだそうです。

2010年9月12日日曜日

 六崎歩道橋は、昭和55年3月に完成しました。踏切が廃止されて六崎から国鉄佐倉駅への通行不便を解消することが目的だと思います。ただし、歩道橋ですから徒歩と自転車しか通れませんから、大きな荷物をもつような場合は、自動車かバスで新道を経由しないといけませんでした。

 歩道橋の入口手前には二重の車止めが設置されています。歩道橋の完成当時は、この車止めはありませんでした。それで自転車に乗ったまま降りてくる人が多く、危ないという訴えがあったからでしょうか、暫くして車止めが設置されました。自転車を降りて上り下りをするように期待したのでしょうが、運転のうまい人は、やはり乗ったままで車止めを抜けていきました。それでもスピードは落とさざるを得ませんから効果はあったのでしょう。
 ところで、完成からすでに30年が経過し、あちらこちらに錆が出ていますし、橋の上の通行部分も傷みが目立ってきました。地元では補修を要望しているそうですが、予算がつかないのでしょうか、線路の上部分だけは塗装し直されましたが、両端はそのままです。

2010年9月5日日曜日


 高岡で見た「おだがけ」です。佐倉周辺では、稲架を「おだ」と言います。細い竹で三脚、二脚と交互に「おだあし」を組んでいき、その上に太めの長い竹を乗せて倒れないように縛るのが大体のパターンですが、地域によって多少バリエーションがあるようです。

 機械による乾燥が普及してから、おだがけの風景もめっきり減りましたが、現在も健在です。一手間かけて天日で乾燥したお米はやはり美味しさが違うようですが、なかなか食する機会もありませんので、話に聞くだけです。

 天気が良ければ、おだがけで稲を乾かすには4~5日もあればよいそうですが、天候に要注意です。この時期は台風が来ることも多いので、天気予報には耳を傾けないといけません。折角乾かした稲が水に浸かったりしたら、元も子もありません。昔は長雨に打たれた稲が芽を出してしまうこともあったそうです。

2010年8月29日日曜日


 2004(平成16)年の9月4日から5日にかけて千葉県北西部では激しい雷雨に見舞われました。4日の早朝から強く降り始めた雨は、夜明けとともに静かになってきたものの、その日の夕方から再び強くなり、午後8時過ぎに大雨洪水警報が発令されました。

 この集中豪雨は、翌日の朝方にようやく治まりましたが、佐倉市域での総雨量は、157.5ミリメートルに達し、市街地での河川堤防からの溢水こそなかったものの、3件の床上浸水、62件の床下浸水が発生したほか、多くの道路冠水が発生しました。

 写真は、高岡の跨線橋からJR佐倉方面を写したものです。高崎川があふれて、田圃が水に浸かってしまいました。一部の田圃では稲刈りを終えていましたが、多くの田圃では、稲刈り前の稲穂や田圃で干していた稲が浸かってしまい、大きな被害が出ました。 

 なお、写真では自動車が高岡橋を渡ろうとしていますが、やはり水位が高くて先へ進めず引き返して行きました。

2010年8月27日金曜日


 京成佐倉駅の北口にあったパチンコ店の裏の壁に描かれていた恐竜です。

 恐竜とパチンコ店の間にどのような関係があったのかは知りませんが、この恐竜が写実的かつ大胆に描かれていたことから、恐竜好きな人が描いたことは相違ないでしょう。

 残念ながらこのパチンコ店は既に廃業し、今は別の職種のビルになっていて、この恐竜壁画もありません。

 ところで、昔の空想科学特撮テレビ映画に、謎の宇宙線を浴びた怪獣の絵が実物になってしまうというエピソードがありましたが、この恐竜が壁から抜け出して佐倉の街を暴れまわるという機会は、永遠に失われてしまいましたので、ご安心ください。

2010年8月15日日曜日


 六崎地区にあるバス停の一つに「倉庫前」があります。でも、このバス停の周りを見回しても倉庫は見当たりません。もともとこのバス停は違う場所にあったのですが、バス路線の変更に伴い、バス停が引っ越してきたものです。 このバス停が元もとあった場所は、現在のJAいんば本所あたりで、JAいんばが佐倉市農協だった以前から農協の倉庫が立ち並んでいました。それらの倉庫の前のバス停なので、「倉庫前」という名称になったと思われます。 その後、渋滞の激しかった六崎踏切を迂回して鏑木から六崎までの新道が昭和42年4月に開通すると踏切は閉鎖され、バス路線も新道に移りバス停も現在の場所に引っ越しましたが、なぜか名称は「倉庫前」のままです。 なお、新町に「裁判所入口」というバス停があります。裁判所入口の通りまでは少し距離があるので、奇異に感じる人がいるかも知れません。もともとこのバス停は「東電前」という名称でした。その名のとおり、東京電力の支店の前にバス停があったのですが、支店が廃止になったことに伴い、バス停の名称も変更されました。東京電力の支店は教安寺の参道の脇にありました。現在は名残をとどめるものは何もありませんが、そのあたりを注意深く見ますと大きめの境界杭があります。もしかすると東京電力当時のものかも知れませんが、深く埋もれているので定かではありません。

2010年8月8日日曜日


京成佐倉駅前
 現在の京成佐倉駅周辺にパチンコ店は一店しかありませんが、少し前までは五軒のパチンコ店が競っていました。
写真中央の空地には現在マンションが建っていますが、以前は寿司店とパチンコ店とその駐車場がありました。手前右端はNTTのビルです。そのすぐ隣で奥の建物はミレニアムセンターです。